どーも!!
松村です!!
国語をメインに教えているからか、
そもそもそういう性格だからか、
定かではありませんが、
言葉の細かい部分が気になります。
たとえば、
スマホとスマフォの違いも一つ。
本来は、スマートフォン。電話のphoneからきているとすれば。
では、その略はスマフォ。
でも一般的なのは、スマホでしょう。
これは言い易さの観点からそう変化したのだと思います。
こういった略す文化というのは日本で多く見られるもので、
特に若い世代が生み出している印象です。
その他にもこういった言葉の省エネ化が近年見られていると言われています。
例えば、助数詞(単位みたいなもの)。
1本、2本、3本・・・
1階、2階、3階・・・
これらをどう読みますか?
一般的には、
1本(ぽん)、2本(ほん)、3本(ぼん)・・・
1階(かい)、2階(かい)、3階(がい)・・・
だと思います。
しかし、3本(ほん)や3階(かい)と言っていることも多くないですか?
「何」がついたときも、
「何」階(がい)ではなく、
「何」階(かい)と言っていないですか?
これらも省エネの一つで、分けたらややこしいから、
まとめてしまおうという流れです。
この流れが良いかどうかは別として、
ある意味必然的な流れなのかもしれません。
情報過多になっている現代において、
ややこしいもので、特に日常生活に支障のないものは排除していくのは仕方がない。
国語を教える側の人間として、
どこまで伝えるべきか、または自分自身意識しなければならないか、
非常に悩ましく思います。
文化は本当に難しいと思う松村でした。