どーも!!
松村です!!
試みに、数回のシリーズ物でブログを書いていこうと画策しています!笑
前回はオススメの本を紹介しましたが、
今回のシリーズは現代文を読む上で役に立つ(かもしれない)ことを書いていくシリーズ。
そもそもですが、私は現代文つまり国語力、読解力を鍛える上で必要なことは大きくわけで二つだと思っています。
①テクニック
接続詞の使い方や、文法、論理的に読み解く力。
②知識
漢字、熟語、故事成語、予備知識(教養)。
今回のシリーズは②の助けとなるものという位置づけです。
私は、いろいろ知っているという状態を作ってほしいのです。
1つ1つについては、深く知らずとも、広く浅く物事について知っている。
こういう状態が現代文を読む上で、結構役に立ったりするんですね。
で、今回のテーマは、
弁証法!!
弁証法とは遡れば古代ギリシャのアリストテレスやプラトンの時代まで遡ります。
しかし、今回の弁証法はヘーゲルの弁証法を、『弁証法』として書いていきます。
弁証法とは?
弁証法とは、哲学における考え方の1種。
物事は、正(テーゼ)・反(アンチテーゼ)・合(ジンテーゼ)という過程を経て、
より高次のものになっていくというもの。
今まで調べていて分かりやすかった例が、円柱の話。
A『この物体は長方形だ。』(テーゼとする)
B『いや、この物体は円だ。』(アンチテーゼ)
このように、Aに対して、Bが否定(反論)をする。
そうしていくうちに、
AB『この物体は円柱だったのか。』
とより高次な考え(答え)に行き着く。
これが弁証法の1例です。
対人関係での弁証法
弁証法がどういうものか。
いきなり理解することは難しいです。
私自身、まだまだ理解を深めていかねばなりません。
その上で、私は実生活でも弁証法は有効であると思っています。
というより、恐らく意識的、無意識的問わず、既にやっているかもしれません。
テーゼもアンチテーゼも物事を見るときのある一面でしかありません。
自分は(A)と思う。(この意見Aをテーゼとする。)
しかし、他者は(B)と思っている。(このBがアンチテーゼ。)
これらの意見が対立し、調停しうるもの(より良くなったもの)がジンテーゼになるわけです。
科学の歴史は弁証法の歴史
科学の発達などは弁証法の最たるものかもしれません。
よく挙がる例が電話。
固定電話・・・家に居れば、いつでも電話をかけることができる。しかし、外では電話をかけることができない。
公衆電話・・・外でも電話をかけることができる。しかし、いつでもかけることができない。(近くにない。)
固定電話をテーゼとし、公衆電話をアンチテーゼとすると、
どちらの問題も解決した、より高次のものである携帯電話がジンテーゼになります。
このように、それぞれのデメリットを補って、より高次のものを生み出す。
これも弁証法の1種と言えるでしょう。
要するに
私が思うに、弁証法とは対立する二つ(テーゼ⇔アンチテーゼ)を調停する『より良いもの(ジンテーゼ)』を生み出すことでしょう。
ここから学ぶことは、ずっと同じ側面でしか見れていない、考えれていないと、その先のより良いものは生まれないということ。
決して、簡単なことではありませんが、意識するだけでも違うはずです。
以上、弁証法についてでした。
現代文を読み解くための知識として、日々の成長の一助として、役立ててもらえれば幸いです!
松村でした!