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震災から6年 ~被災者のメッセージ~

 

こんにちは。

 

今日は震災から6年がたちます。

 

石巻は人通りは多く、その中にも緊張感があり、足掛け5年通っている私はそれでもやはり、よそ者の感覚を感じずにはいられません。

 

 

上新庄校では、恒例の駅前募金を行いました。

 

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インターネットを中心とした現代の生活は、世界がますます狭くなることに拍車をかけています。

それに伴い、どの場所にいても簡単に人と繋がることができるようになりました。

 

被災地のことやそこに住む人と繋がることも簡単にできます。

 

今回の募金活動を通じて、少しでも、自分のいる世界以外の人たちの暮らしを想像し、そこに思いを馳せ、イメージをすることが大切であると考えます。

 

また、自分が住んでいる地域においても、家族や学校の付き合いという限られた範囲での交流だけでなく、こういった活動で全く話すことがないような人と接する機会を設けることも、子どもたちにとっては刺激になると考えます。

 

勉強も頑張る。それ以外の経験もできる。

そんな場所でありたいと考えています。

 

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終わった後は中3・高3お疲れ様会。

 

会の段取りも上手くなってきたようです。

ゲームなども工夫が増えてきて、皆が協力して考えたり、それぞれに頭を使って解決したりするようなものなど趣向を凝らしていました。

 

松村先生に今日の点数を聞いたら、85点ですかねえと言っていたのが印象的でした。

 

みんなが楽しんでくれたなら最高です。

 

 

 

さて今日は最後に、私が石巻でお世話になっていて、塾にも震災時の手記をまとめたものを置いている中里美幸さんの娘のSNSでの投稿を載せて終わりにしたいと思います。

 

震災時16歳。現在22歳の彼女がずっと持ち続けていた思い。

震災を経験していない人だからこそ読んでほしい内容です。

 

 

2017年3月11日。
2011年3月11日から明日で6年です。

わたしは被災者。そして遺族でもあり、
明日は7回忌。
また1つの節目です。

わたしがずっと言いたかったことがあります。
本当に小さい事かもしれないけど、
その何気無い一つの質問に
6年間傷ついてきました。

出身地を聞かれた後の

「震災大丈夫だった?」

9割の人に聞かれる質問。
その言葉よく、よく考えてほしい。
あまり深い意味もなく聞くならもうやめて。

石巻
=東日本大震災の被災地

ニュースでは
石巻が大丈夫だったと伝えてましたか?

その質問は
「あなたは被災したのかどうか」
を聞いてるんだろう。

とりあえず
「大丈夫でした」とはいいます。

だって生きてあなたと会ってるし。

でもね、
「私は被災者です。自分自身も津波にのまれて屋根の上で濡れた服は凍り意識も飛んで、津波にのまれて死んでしまった3人の家族を瓦礫の中から自分で出しましたよ、でもわたしは死なずに生きてあなたと会っているので大丈夫です!」

そう返したらどう?
言葉を失うでしょ
なんて言えばいいな分からないでしょ
そう返ってくると思って質問してないでしょう。

そして「大丈夫でしたよ」
と答えたところで少し掘り下げてくる
「やっぱ津波すごかった?」という質問。

は?

「大丈夫だった」前提での
深い意味もない質問
だからこそ
だからこそ傷ついてきた。6年間も。

石巻の中でも
被害が少なかった地域出身の友人にこの質問関してどう思うか聞きました。

「とりあえず『大丈夫でした』とは言うかな。
自分は被災はしていないけど、
避難所に配給貰いに行ったりすると
凄い被害受けてた人とたくさん居て、
聞こえてくる話に心がもたなかったし、
自分が何の被害もなく
生きて家に帰れる事がすごく苦しかった。
あなたは被害ないですもんねと
言われ続けて過ごした。
無事だったことを責めてた。
多分被災していない人はみんな当時
精神的にとても追い詰められてたとおもうよ。
『大丈夫でした』
って一言でいうのは
『東日本大震災は大丈夫でした』
と言ってるみたいで本当にいやだ。」

被害が少なっかった方は
書面上、被災していないだけで
精神的に被災しています。

その前にあの揺れだって
被災者とおんなじに経験してる。

大丈夫だった人なんていないんだよ。

「震災大丈夫だった?」
あなたの震災に対する認識の甘さを
強調する為の言葉です。

石巻
=東日本大震災の被災地

その認識は間違いないです。
だってそうだから。
でもその知識しかないのであれば

「震災大変でしたね。」でいいとおもう。

そこで「そうですね」で話は終わる。

でも震災の話が聞きたいのであれば
「震災はどうでしたか?」
そう聞いてほしい。

被災地と呼ばれる出身の人間は
実際に被災しているひとと
心が被災しているひと

みんな被災者。
みんなつらくて大変だった。
みんな生きていくので必死だった。

大丈夫だった訳がねぇだろうが

毎回そう言ってやりたい。

そしてわたしたちはその返答によって
質問した相手が
言葉を失うのも目に見えていて
被災者が、私が、「空気を重くした」と
顔色は変えず心の中で自分を責めてる。
私は責めてきたよ。

震災をもう過去として、
忘れかけているような世の中。
そしてそんな人達の無情さに傷ついてきたよ。

経験してないもんわからないよね。
わからないって理解してる。
でもあなたには
分からないなりに理解をしてほしい。
分からないだろうけど
少しはわかろうとしてほしい。
分からないからって
分からないまま、知らないままにしないでほしい。

沖縄にいた時もそうだったけど
こんなに華やかな東京だから
余計にそう思うことが最近とても多いです。

東日本大震災は一生続くんだよ。

私はまだ続いている。
まだ震災で傷ついている。

何度も言ってきたけど
震災を乗り越えてなんかいない。
乗り越えられないから
震災を背負って一緒に生きているんだよ。

私は、ね。
そう思う、思わない、
色んな意見があると思います。
この文章は私個人の意見を述べた文章です。
これに対して
間違ってる、間違ってないとか
疑問とか一切求めてないです。

被災地じゃない所出身の方なりに思うこと
被災していない方なりに思うこと
被災した方なりに思うこと。

あなたの意見があるように、
これは私の意見。

ただ、
被災者の一人である私が
6年間思ってきたこと。

2017年3月10日
きょうも私は生きています。

 

 

 

 

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