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正当性の偏見

どーも!!

 

松村です!!

 

 

「正当性の偏見」という言葉があります。

 

これはブログでも過去に紹介したことのある言葉です。

 

正当性・・・社会通念上も法律上も道理にかなっていること。

 

つまり、シンプルに正しいと思うこと。

 

偏見・・・偏った見解。中立的ではない意見。

 

つまり、物事を正しく理解できていない状態。

 

これらの言葉を組み合わせた「正当性の偏見」には一種のパラドックスが生じています。

 

 

 

この「正当性の偏見」については災害時などによく使われる言葉です。

 

正常性バイアスとも呼ばれるもので、

 

人間生きている以上、日々変化しています。

 

しかし、毎日毎日変化していることを意識していると心が疲弊しきってしまいます。

 

 

そのときに働くのがこの「正当性の偏見」です。

 

多少の異常事態があっても、日常の範囲内と判断してしまうことで、

 

津波などの避難の際に、

 

「どうせたいしたことがないだろう。」

 

と異常な事態を正常なことだと勝手に思い込み、

 

被害が拡大してしまう危険性があるそうです。

 

 

このような事態は日常的に起こっています。

 

待ち合わせで、

 

「どうせあいつも遅れてくるだろう。」

 

宿題などのスケジューリングで、

 

「どうせどこかで暇なときがあるだろう。」

 

そんな保証はどこにもない上に、むしろ気をつけておかないといけないこと。

 

それなのに、なぜか都合よく解釈してしまう。

 

これが正当性の偏見です。

 

 

私はこの言葉を大切にしています。

 

「正当性の偏見」が起こりやすい性格だと思うからです。

 

 

このような事態は、主に無意識に起こるものなので、

 

意識していないと、防ぐことが困難になります。

 

 

 

生徒にも、この言葉を用いて注意することがあります。

 

現代文における「主観で読んでしまう。」ということも、この一種だと思っています。

 

この言葉を知っているかどうかで、所謂「サボってしまう。」ということも減らせるでしょう。

 

生きていく上での一つの指針にもなる言葉を、

生徒たちにも持ってもらいたいと思う松村でした!

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